ホール数・ファン人口の推移

警察庁の集計による全国のホール数は、平成27年末時点で1万1,310軒にのぼりますが、これは平成7年の1万8,244軒をピークに20年連続で減少した結果の数字です。

全国のホール数は娯楽が乏しかった戦後の復興とともに増加し、昭和20年年代後半には4万5,000軒を超すまでに急成長しました。しかし、射幸性の高い連発式パチンコ機の禁止令が出たことでホール数も激減。昭和30年代のはじめには約8,800軒にまで減少しています。その後は長い間に渡って、1万軒のライン推移していたのですが、昭和50年代の半ばのフィーバー機登場が市場を大きく変えます。いわゆる「フィーバー・ブーム」の到来で、以降、店舗数は年間400軒から500軒ずつ増加しました。

ところが、平成7年頃に変造プリペイドカードの横行やパチンコへののめり込みを起因とする複数の課題を社会から突きつけられたのを契機に、全国のホール数は減少に転じ、現在に至っています。ただし、ホール数の減少は店舗自体の大型化も大きな要因の一つで、この間、全国の遊技機台数は大きな変化がないまま推移しています。つまり、多店舗展開を図る企業による大型店舗が次々とオープンする一方で中小規模のホールが廃業するという、いわゆる二極分化の構図の中にあります。いってみれば、ホール数の増減だけでは景況感を捉えることができない状況といえるでしょう。

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一方、どのくらいの人々がパチンコ・パチスロで遊んでいるかを示す参加人口の推移では、このところのパチンコ産業の苦境が明確に示されています。公益財団法人日本生産性本部「レジャー白書」によると、パチンコの参加人口は平成27年で1,070万人。この参加人口は昭和50年代後半から平成7年まで、つまり前述のホール数が増加の一途を辿っていた間は、2,800万人から2,900万人の間で推移していました。大雑把に「パチンコファン3,000万人」と呼ばれていた頃です。ただし、参加人口とは1年間で1回でもパチンコ・パチスロを遊技した人の数で、「ファン人口」というには少しニュアンスが違います。

いずれにしても、その3,000万人ものファンは平成8年頃から急激な減少傾向に転じ、平成10年には2,000万人、平成19年には1,500万人という大台を割り込みました。直近のレジャー白書で示された1,070万人という数字は業界に大きなショックを与えており、昨今のレジャー多様化時代のなかで、いかにパチンコ・パチスロの魅力を再構築していくかが急務の課題になっています。